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理工系領域 これまでの10年、これからの10年

科学技術の現場を取材した毎日新聞の連載記事『理系白書』の執筆を担当し、現在は科学コミュニケーターとしてテレビなどでも活躍する元村有希子さん。「第1回科学ジャーナリスト大賞」を受賞した気鋭の記者が見る理工系領域の過去、そして未来とは?

[過去] 再生医療が進化した2000年代その成果はノーベル賞受賞へ

 資源の少ない国・日本は、科学技術の振興を推進すべきだとして、政府が「科学技術創造立国」のスローガンを掲げ、科学技術基本計画を策定したのが 1995年。その後、2000年には、「50年間にノーベル賞受賞者30人程度輩出」という目標を立て、理工系の研究・開発を積極的にサポートしてきました。今から 10年前の2006年頃は、こうした政策が浸透し、研究現場が充実してきた時期でした。当時、科学技術の世界で注目を集めたキーワードは「再生医療」。山中伸弥教授率いる京都大学の研究チームが、マウスを使ったiPS細胞の樹立に成功したのも2006年でした。
 受精卵を使わない万能細胞の発見に専門家は大いに湧きました。2007年にはヒトの皮膚由来のiPS細胞の樹立にも成功。こうした努力の成果が2012年のノーベル生理学・医学賞受賞につながっていきます。ただ、当時は発がんの危険性が高いなど課題が多く、ヒトに応用する見通しなど全く立っていない状態でした。チームはそこから改良を重ね、再生医療応用へと道を開きました。 山中教授の研究室には、立ち上げ当初から多くの女子学生が参加し、研究現場を支えてきました。さらに、2014年にiPS細胞からつくったヒトの網膜の細胞を移植する世界初の臨床研究を行ったのも、高橋政代さんという女性研究者です。「再生医療」に関わる研究は、現在も女子学生の注目を集める分野のひとつだといえるでしょう。

[現在] 原発事故を悲劇に終わらせず技術革新につなげていくこと

 2010年代のキーワードは、「震災」と「原発事故」だといえます。2011年3月の東日本大震災は、地震学、津波工学の研究に対する信頼を大きく揺るがしました。マグニチュード8クラスを最大とする前提で進めていた防災対策は、その 30倍を超えるエネルギーを持つマグニチュード9の地震を前にもろくも崩れ去ります。震災後、地震や津波に関する研究は根本から再構築され、防災教育の重要性なども盛んに議論されるようになりました。今後も「防災」をテーマにした研究は、建築学、土木工学、情報工学など、幅広い分野で展開されていくでしょう。
 原子力発電所の廃炉に向けた取り組みも日本のみならず、世界中の一大関心事です。危険地帯でのロボット活用など、新たな研究テーマもここから生まれています。この点で、原子力工学も注目すべき分野のひとつだと私は考えます。人類は原子力とどう付き合っていくべきか……。これからの日本の原子力工学研究には、福島の事故を悲劇に終わらせず、技術革新につなげていくという使命が課せられているのです。

  • 人工知能

    人手不足の担い手として注目が集まる人工知能の開発。 人間の職業を奪う可能性も指摘されますが、むしろ人工知能を使いこなすのが、これからの人類の課題になるでしょう。
    自ら学習する DEEP LEARNING の機能により人工知能の進化は加速しています。自動運転システムなどの技術が発展すれば、交通網の形も変わってしまうかもしれません。人工知能と共存するために研究者の創造力、そして倫理観がますます求められます。

  • 再生可能エネルギー

    化石燃料の枯渇問題、さらに、世界的に議論されている原子力発電の問題などを抱え、転換期を迎えているエネルギー分野。世界的に見ても再生可能エネルギーの研究・開発に費用が投じられる流れになってきました。すでに開発が進む太陽光発電に加え、水力、風力、波力など、代替エネルギーの選択肢は数多くあります。 火山大国・日本においては、地熱エネルギーの活用にも大きな可能性があるのではないでしょうか。

[未来] 「人口爆発」「少子高齢化」といった社会の課題を解決する科学技術に注目

高校生の皆さんにとって、より関心があるのは「未来」の研究分野でしょう。これからの10年のキーワードは、「サステイナブル」。これは、「持続可能」な社会を実現する取り組みを意味します。 具体例を挙げると、地球規模では「人口爆発」「地球温暖化」「経済格差」、国内では「少子高齢化」「がん克服」といった社会の課題を解決できる科学技術に注目が集まるでしょう。
 例えば、発展途上国が直面する「人口爆発」というキーワードから予測できるのは、食料不足の問題。「遺伝子組み換え技術」や「乾燥地帯で農作物を育てる技術」などを駆使して、食料の安定供給を目指す研究がこれを解決するかもしれません。一方、先進国共通の課題である「少子高齢化」から見えてくるのは、労働人口の減少という問題。そこで、人手不足の担い手となる「ロボット技術」や「人工知能」の研究には、間違いなく社会的なニーズが集まるでしょう。
 2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催に向けた動きにも注目したいところです。2020年から半世紀前にあたる 1970年に開催された大阪万博(日本万国博覧会)では、「動く歩道」や「携帯電話」といった、今では当たり前のツールが未来の道具として来場者の注目を集めました。同様に東京オリンピックは、世界に向けて日本の科学技術を発信するショーケースにもなりうるのです。私が注目したいのは、「モバイル技術」の分野。自動翻訳機やウェアラブル端末を用いた案内サービスなどで、世界を驚かせる技術が生まれてくるかもしれません。また、民間の宇宙開発もますます発展していくでしょう。「398000円で宇宙旅行」なんて時代が遠くない未来に実現される可能性は大いにあると思います。

MESSAGE 未来の理工ガールへ

元村 有希子●もとむら ゆきこ

毎日新聞デジタル報道センター編集委員
1966年、福岡県北九州市生まれ。1989年、九州大学教育学部卒業、毎日新聞入社。社会部記者として地方勤務の後、2001年、東京本社科学環境部に配属。日本の科学技術と社会との関係をつづった長期連載『理系白書』(計3巻、講談社文庫、共著)により「第1回科学ジャーナリスト大賞」を受賞。主な著書に『気になる科学』(中経の文庫)、『理系思考』(毎日新聞社)など。TBS「新・情報7daysニュースキャスター」「Nスタ」などテレビ番組出演のほか、科学 コミュニケーターとして授業や講演も多数行っている。

素朴で、ナイーブで、勇敢だから女性は科学者に向いています!

 「再生医療」「防災」「サステイナブル」など、いくつかの研究テーマを紹介しました。これらの研究現場では、多くの女性研究者・技術者が活躍しています。ただ、科学の世界では、まだまだ女性はマイノリティです。とはいえ、数が少ないことを「科学に向いていない」と決めつけるのはおかしいと私は考えます。広中平祐さんという数学者が、あるインタビューで「女性は科学に向いている?」という質問にこう答えていました。
「女性は科学に向いている。なぜなら素朴で、ナイーブで、勇敢だからです」
 私はこれを我が意を得たりという気持ちで読みました。
・素朴=野心や功名心にとらわれず目の前の課題に向き合う
・ナイーブ=「いのち」「弱者」に対し、本能的に共感する力
・勇敢=周囲が反対しても自分の正しいと思う道を歩む勇気
 これらの資質があるのですから、女性は科学の世界で必ず成果を残すことができるでしょう。さらに、女性は男性と比較して、脳の構造が「マルチタスク(異なる仕事を同時並行で進める)」の作業に向いているそうです。異なる分野と積極的にコミュニケーションをして、分野融合の新しい研究を始める女性研究者・技術者が多いのは、この資質に依るところが大きいかもしれません。
 ぜひ広い視野で世界を見て、自分の力を最大限に生かして社会に貢献できる研究分野を見つけてください。

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